「ファーブルみたいですね」と言われたことがある。二十五年ほど前、私は「雪虫」という真冬の雪の上で活動する奇妙な虫を研究していた。うかつにも雪の上にうずくまって虫を観察している所を見つかってしまったのだ。「あんたの方が虫よりよっぽど珍しい」とも言われた。その時はかなり恥ずかしかったのだが、今から思えば名誉なことだと思う。
ファーブルは比類の無い野外観察者(フィールドワーカー)であると同時に、徹底した実証主義の人でもあった。虫たちの不思議な生活を、詩情あふれる文章で綴った『昆虫記』は、まず好奇心にもとづいて観察し、その過程で生まれてきた疑問に対して仮説をたて、実験や観察によって検証するという博物学的科学精神の書でもある。実際、彼は『昆虫記』の中で、素朴ではあるが様々に工夫を凝らした実験を行っている。その多くは獲物を運ぶ狩りバチの行く手に障害物を置いたりする簡単なものだが、「ではひとつ、虫たちに聞いてみることにしよう」などの言葉で始まる彼の実験は、百年以上たった今も、我々の好奇心を十分に刺激して、どきどき、わくわくさせてくれる。もちろん彼の実験には今から見ると不備も多く、後にその結果が間違いであったと判明したものもある。しかし、ファーブルが行った実験や観察は、まだ「生物学」が博物学の一部であり、「生態学」や「行動学」は、その名さえ無かった時代に、動物の行動と言う、形態などに較べ非常にとらえどころのない対象を相手にした、最初の実証的研究として高く評価されるべきだろう。同時代の偉大な博物学者、チャールズ・ダーウィンも、ファーブルの研究に敬意を表し、彼の進化論の書である『種の起原』を謹呈している。
しかし、ファーブルは反進化論の人でもあった。『昆虫記』の中でもしばしば進化論を批判している。昆虫たちの、一分の隙もないほど精妙で合目的的な行動を知り尽くしていたファーブルには、それらの行動が、キリンの首が少しずつ長くなるような過程で進化するとは、到底信じられなかったのである。たとえばイモムシを狩って幼虫の餌にする狩りバチの仲間は、イモムシを殺して腐らせることなく、しかも暴れて幼虫に危害を加えないように、イモムシの各体節にある神経節を一つ一つ毒針で探り当て、適量の毒を注入して麻痺させた後、決まった場所に卵を産みつける。ファーブルは、この過程が少しでも狂うと、例えば毒針を刺す位置や、卵を産みつける場所が少しでもずれると、幼虫がうまく育たないことを実験的に示している。したがって、このような首尾一貫した行動は徐々に進化したはずはなく、最初から完璧でなければ虫たちは生き残れないと考えたのである。昆虫の行動に関する深い理解を持つファーブルを敬愛していたダーウィンは、この批判を重く受け止め、『種の起原』の第五版では、自分の理論は昆虫の行動の進化には適用できないと明記している。
進化論には否定的であったが、ファーブルは昆虫の行動の多くが遺伝的なものであることを認めていた点で先進的だった。たとえば、狩りバチの幼虫は親の行動を見る機会がないにもかかわらず、親になれば正確に獲物を処理することができるからだ。『昆虫記』の観察や実験の多くは、虫たちの行動が生まれつきの「習性」や「本能」にもとづくもので、「知能」にもとづく人間の行動と違って、融通が利かないことを示したものである。たとえば、巣穴に獲物を運び込み卵を産みつけ終わったアナバチは、たとえ獲物と卵を除去されても、空っぽと分っている巣穴の入り口をていねいに塞ぐ行動を最後まで行う。人間のような知能、新たな状況に対して論理的に判断して行動する能力があれば、再び獲物を捕りに出かけるか巣穴を放棄することだろう。つまりファーブルは、本能的な行動の存在と特性を初めて実証的に明らかにしたのである。
ファーブルが『昆虫記』で明らかにした本能的行動の研究は、その約半世紀後、コンラート・ローレンツやニコ・ティンバーゲン、カール・フォン・フリッシュらによって、ようやく継承・発展され、動物行動学(Ethology)という学問分野として確立された。いずれもファーブルに劣らぬ野外観察者(フィールドワーカー)である三人は、この功績によって一九七三年のノーベル医学生理学賞を共同受賞した。
現在の動物行動学では、本能的(instinctive)行動は生得的(innate)行動と呼ばれ、生まれながらに実行できる遺伝的行動と理解されている。そして多くの生得的行動が、普段は抑制されている遺伝的にプログラムされた行動パターンが、特定の色や匂いや形などの鍵刺激を感じることによって解き放たれるしくみ(生得的解発機構)として説明されている。たとえばモンシロチョウのオスの交尾行動は、紫外線を反射するメスの白い翅(はね)という視覚刺激によって解き放たれる。したがって、オスは本物のメスばかりでなく、紫外線を反射する白い紙片に対しても交尾行動を行うという不合理な状況がおこりうるのだ。ファーブルが見いだした虫たちの融通の利かない不思議な行動の数々も、この仕組みで説明することができる。
動物行動学の確立とほぼ同時期に、ダーウィンを悩ませた行動の進化の謎についても突破口が開かれた。ファーブルの批判にも増して、ダーウィンを悩ませていたのが利他行動、つまり自分の生存や繁殖を犠牲にして他個体を助ける行動の進化であった。彼の説によれば、生物個体は自分の子や孫の数を最大化するように行動するはずであり、自分は一生繁殖せずに女王バチの繁殖を助ける働きバチのような存在の進化を説明できなかったのだ。ところがウィリアム・ハミルトンは、進化を個体ではなく遺伝子の観点から捉え直すことによって、この難題を解決した。集団遺伝学的に見れば、ある行動が広まるかどうかは、その行動をプログラムしている遺伝子が、いかにそのコピーを増やせるかにかかっている。彼は、ある個体の持つ遺伝子がその個体の繁殖だけでなく、兄弟や従兄弟などある確率で同じ遺伝子を持つ血縁個体の繁殖によっても増殖できることを指摘したのだ。つまり血縁個体を助ける利他行動は、遺伝子の観点から見れば十分に利己的であり、進化しうることを証明したのである。まさに「コロンブスの卵」的発想の転換である。これを突破口に、『社会生物学』を著したE・O・ウィルソンや『利己的な遺伝子』で有名なリチャード・ドーキンスなどの活躍によって行動の進化学説は急速に発展し、現在は「進化生態学」という新たな学問分野として確立されている。
しかし、こうして見ると、現代の行動学を築いてきた人々が、例外無く優れたフィールドワーカーであり、ほぼ確実に『昆虫記』の影響、少なくともその博物学的科学精神を受け継いでいることに驚かされる。
私の「雪虫学」も、その後「雪氷生物学」に発展した。ヒマラヤの氷河など、雪や氷の世界にも、様々な生物が棲息することを世界で初めて明らかにすることができたのだ。今は毎年のように、極地の氷河からアフリカの氷河まで、世界各地の氷河に出かけて研究を続けている。
最近、生物学の世界でも、難解な数式や複雑な装置を使わないと科学でないと見なされかねない風潮があるが、『昆虫記』は科学の本質は知る喜びと論理であり、大切なのは「虫たちに聞いてみよう」という精神なのだと思い起こさせてくれる。だからファーブルは、ダーウィンとともに今も私のヒーローなのだ。